Scott Walkerの名前を知ったきっかけは土屋昌巳さんでした。アルバム『森の人 Forest People』発表時にラジオや雑誌の対談で土屋さんが度々口にしていたアーティスト名。その時はなぜかアルバムを聞こうという気にはならなかったのですが、99年の秋頃、Leos Carax監督の最新作『Pola X』の音楽をScott Walkerが手がけていると聞いて、あ、あの人だ、と思い出し、公開が終わる直前に劇場に滑り込み『Pola X』を見たのでした。映画そのものは、世間知らずのいいとこのぼんぼんがいきなり現れた暗闇の世界に魅入られて自分の未熟さゆえに破滅していくといった感じで、特別のめりこむような面白さは感じなかったのですが、音楽はとにかく衝撃的でした。
インダストリアルな場面での暴力的な音、作品全編を流れる陰鬱な、悲しみに満ちたテーマ。
サウンドトラック盤に書いてある略歴を見ると、かつてはアイドルグループとして一世を風靡したが人気の絶頂で自殺未遂、その後のソロ活動では一般に理解されないような作品を作り続け、一部には熱狂的なファンを持つカルト的存在である、といった具合。
そのScott Walkerの一番最近のオリジナルアルバムがこの『TILT』です。
凄まじく暗く、深い澱の中から生まれた透明な結晶のような作品。
多くのアーティストは自分の中に傷や痛みを抱えているけれど、この人はその傷に、自分に甘える事なく、恐ろしく真摯な姿勢で作品に向かっている、そうする事が自分にとって出来る唯一の事なのだと、無言のままに示そうとしているようです。
少し暗く、籠もった感じの不思議な響きを持った声はPaul Celan(詩人。ユダヤ系の両親をナチスの迫害により失った苦しみに起因した詩をドイツ語で書いた。50才でセーヌ川に入水自殺)のようでもある。
曲のひとつひとつが呪文のように、あるいは塩水のように身体の中に滲み込んで来る。
痛みを知る人、かつて痛みを抱えていた事のある人にはたまらなく苦しい一枚であるかも知れません。
(2000.09.11)